essay連載 『肌身離さず、』

Vol.01

自分を連れだしてくれる思い出

ずっとそばに持っておきたい、置いておきたくなるお守りのような存在を表す「肌身離さず」という言葉。

そんな言葉を聴いたとき、私たちにとって当たり前の存在である「肌」がいろんなことに気づかせてくれるように思います。肌に触れるような距離感にある物や存在について話を伺ってゆく連載エッセイ、「肌身離さず、」。

第一回は、編集者の野村由芽さんに、おばあさまのすみ湖さんの「肌身離さず、」を聞いていただきました。

updated 2024.8.28
Selected by
yume nomura, sumiko
編集者

ずっとそばに持っておきたい、置いておきたくなるお守りのような存在を表す「肌身離さず」という言葉。

そんな言葉を聴いたとき、私たちにとって当たり前の存在である「肌」がいろんなことに気づかせてくれるように思います。肌に触れるような距離感にある物や存在について話を伺ってゆく連載エッセイ、「肌身離さず、」。

第一回は、編集者の野村由芽さんに、おばあさまのすみ湖さんの「肌身離さず、」を聞いていただきました。

profile

すみ湖(話を教えてくれた人)

1935年生まれ。幼少期に日本舞踊を習い、学生時代は新聞部に所属。主婦をしながら、日々の合間に日記や随筆、俳句などの文章を綴る。手仕事と読書が好き。人生で大切にしているのは、つくること。湖にほど近い街に暮らす。


野村由芽 / 編集者(聞き手 / 書き手)

1986年生まれ。編集者 / CINRAで「She is」を竹中万季と立ち上げた後、2021年に独立。同年、株式会社ミーアンドユー (me and you, inc.) を共同で設立。個人と個人の対話を出発点に、遠くの誰かにまで想像や語りを広げる活動を行なう。

自分を連れだしてくれる思い出

肌身離さず、

子どもの頃から、祖母に会うことは、わたしにとって桃源郷を訪れるようなものだった。祖母の家はいつも、整頓されたひきだしをひとたび開ければ、いつかの思い出ばかりだった。自身の父や母から受け継いだ着物のハギレ。子どもの頃のわたしと妹が書いた手紙。誰かの気配の残るものを、簡単に捨てることができない。そんな祖母から聞いた話。

 

「23歳で病疫した息子は、自転車のツーリングを愛していた。

自分専用の自転車も、部品から手作りしていたの。

彼の亡くなったあと、彼の思い出として、自転車のアクセサリーを集めるようになった。

由芽ちゃんも、自転車の置物をプレゼントしてくれたことがあったよね。

ひとつはプラチナ、もうひとつは金でできていて、とっても高かった。でも、これは運命だと思って、供養だと思って、思い切って買ったの。

苦しいことがあったとき、何かに依存してはいけない。けれど、抜け穴をつくったほうがいい。

ジャケットの襟につけたり、鞄の中に忍ばせることもあります。

懸命に生きようとした息子の魂と一緒にいられる気がするからなの」

 

以前のように出かけることは難しくなった祖母だけれど、「出会ったことのある美しい場所を覚えていれば、心の中で何度も会いに行くことができる」と笑う。大切なものを忘れないでいられる“よすが”を、肌身離さずそばに置いているから、時間や場所をこえて、誰のところにでも、どこへでも、祖母は自分で自分を連れだすことができる。その姿を見てきたわたしも、祖母との思い出を身につけながら、これからも生きていくのだろうと思っている。

back to TOP
essay連載
「肌身離さず、」
Vol.01 yume nomura, sumiko